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2015年4月15日水曜日

エジプト紀行 Ⅱ 〜 Amarna (アマルナ)・Abydos(アビドス)

つかの間の癒し この日の早朝の出発に向けて、準備をしていた時に気がついたホテルの裏の景色。前日は夜遅くに到着し、すぐに就寝してしまったので、すぐ裏がナイル川だなんて気がつかなかった。宿泊したこの町の警備はさらに厳しい様子で、外の少し物々しい警備とは対照的に、小さな船に乗って魚を穫る人たちがいたり...平和に暮らす人の暮らしを垣間見た。出発前の少しほっとした時間だった。





最初に訪れたのが、アマルナにあるイクナートン(新王国時代 第18王朝 アクエンアテン (ツタンカーメンのお父さん))のお墓。確か、発見時は水の中だったという話だったような。乾いた砂漠の丘にあり、よく見つけることができたなぁととても感心。そして、見つけた時の興奮っていったらものすごいものだろうな、と遺跡探し体験をしてみたい気持ちにも一瞬なった(ほんとに一瞬だけ)。鉱山で水晶を見つけることにも興味があり、いつかやってみたいと思っているけれど、それよりもさらに根気が必要でものすごーく大変なんだろうな、と想像する。

入り口の上に
保護する為だか、建物がありました。

イクナートンが提唱した、唯一神 ”アテン”の姿。
アテン(太陽神)からは先端が手の形になった光線が
いくつか伸び、”アンク”を持つ場合もあるらしい。

左上に、アテン神の姿。

ここが石棺が置かれる予定だった場所。
この墓は、実際に使われた様子は
ないそうです。



イクナートン! ここはお墓ではあるけれど...実際に使われていないこともあるのか、私はこの空間がとても心地良く感じた。軽く優しい波動に包まれるような感じ。イクナートンが太陽を崇める気持ちには賛同できる気持ちではあるので、そんなことも手伝っているのかな?とか思ったり。(いや、ただ単にここがキレイに整備されていたからなのかもしれない...(汗))

しかし...実はここが”そのイクナートン”のお墓だったということに気がついたのは、旅の後半になってからだった。何回か”イクナートン”という名前が話に出て来たり、エジプトのファラオの中で唯一「一神教」(太陽を表すアテン神のみを崇める)を提唱したという話を聞いているうちに、この壁のアテン神の絵を思い出し、あ、あれは、カイロの博物館で見た強烈なイメージのイクナートンのお墓だったんだ!と自分の中でやっと繋がった。先にちゃんと理解していなかった自分にあきれたけれど、それでも後になって”繋がった”ことに、実は自分では満足していたりする。

次に、近くにある神官のお墓を見学。こんな乾いた砂や岩しかないところにそのお墓はあり、入り口まで坂を少し登るのだが...、ここで、前日の自分の行動を少し悔やむことに。赤のピラミッド内の急勾配の通路のせいで起こった悲劇! → 両足に、ひどい「筋肉痛」発生中。うっ、うっ...一歩一歩痛みに耐えながら坂を上る...。上りでも下りでも痛みが...。この日、カニ歩きが足への負担が一番軽いということを学んだ。


神官の墓を目指して坂を上る...(涙)

周りには、なーんにもない所。
よくこんなところを掘ってみようと思ったよな、
と思った。素晴らしい勘だけど。


エジプトの気のいいおじさん 神官のお墓は、イクナートンのお墓には残っていなかった壁画の”色”がたくさん残っていて美しかった。紀元前に描かれた絵がまだ残っていて、この目で見ることができるなんて感動。描いた人の気持ちも感じるようだった。残念ながら、写真は禁止。

なので、珍しく自分の写真を載せてみる。ここの見学では、警備の人がついてくれていたのだけれど、そのうちの1人のおじさんと撮ってもらったもの。この日、イクナートンの墓の入り口の階段で私は携帯電話を落としてしまった。入り口の砂利の階段を少し転がって落ちた時、このおじさんが黙って拾ってくれた。それまで、肩から銃をかけてただ黙って付いてくるおじさんとはコミュニケーションするチャンスがなかったのだけれど、少し交流?が持てたおかげで少し和み、何か親しみを感じたので記念にお願いしてみた。私は、普段写真に入るのが好きではないタイプなのに、この旅ではその壁が少し外れたように感じた。”自分を愛する”というテーマを少し前に進めたのかもしれない。

おじさんにカメラを見せながら、「いい?」と尋ねるように首をかしげてみたら、堪忍したように笑顔でオッケーと首をかしげ、こちらに来てくれた。日に焼けたおじさんの顔に描かれるその笑顔に、私はさらに親しみを感じたような気がする。この写真を撮ってもらっているとき、周りのエジプト人たちに何か言われ、からかわれているようだった。下の休憩所でも、あるエジプト人にふざけてケンカを売るような態度をされているのを目撃。やはりからかわれているみたいだったおじさん。憎めないキャラクターの持ち主だったのかもしれない。私は、いつかどこかで出会ったことがある人なのかもしれないとも感じた。

裏に写っているのが遺跡の入り口



次に訪れた場所、「Abydos アビドス セティⅠ世(ラムセスⅡ世のお父さん)葬祭殿」。ここが、今回のエジプト旅で私が一番好きだと思った場所。一番最初に訪れた神殿だったからか? それとも、ぴりっと引き締まるような...ここの”きちんとした”ような、ある種”整った”エネルギーが好みだったのか...壁画の色もたくさん残っていて、ワクワクした場所。また行きたい。

じゃーん、セティⅠ世葬祭殿!
(新王国時代 第19王朝 セティⅠ世・ラムセスⅡ世親子)
 イクナートンより後の時代のファラオ)

入り口から入ってすぐのところに並ぶ柱。
そうそう、なぜかこれがとても好きなのです。

さきほどの柱の場所の前に
いくつかこのような小さな部屋が



色もけっこう残っている

太陽神ラーがファラオ(王)に
アンク(生命の象徴)を

セクメトがファラオに
アンクを与える

ファラオがホルス神へお供えものを


ここは、オシリス神(イシスの兄であり、夫でもある)復活の土地と言われ、セティⅠ世葬祭殿が建てられるずっと前の古王国時代(B.C.2700年位〜B.C.2200年位)の頃から聖地だったらしい。葬祭殿の裏にそのオシリス神を奉る建物があり、その柱のひとつに「Flower of Life フラワー オブ ライフ」と呼ばれる”神聖幾何学模様”が彫られていた。この後に訪れる神殿などで、古代エジプト人が、天体にしろ、医学にしろ、望遠鏡や顕微鏡がない当時から驚く程の英知を持っていたことを知ることになるが、アビドスでもそれを垣間見た。




赤い円の中にうっすらと
神聖幾何学模様「Flower of Life」があるのだが...

古王国時代から聖地だった言われる場所


ちょっと酸っぱい思い出 ここには、お土産を売り歩いている子どもたちがたくさんいた。一人から買い物をすると、その後大変なことになることは容易に想像できた。なので、なるべく目を合わせないようにすることにした。しかし...一人の少年の「どうか、お願い、お願い、買って...」というすがりつくような声にとうとう負けてしまい、買い物をしてあげようという気持ちになってしまった。とりあえずバスに戻り、バスの中でお金を出して、その子へ渡そうと振り返ったら、何とバスの入り口に何人もの子どもが群がっていた...。うわ、どうしよう...と自己嫌悪に落ち入る。

こうなってしまっては、さっきの子にお金を渡そうと思っても難しかったので、あきらめようと思っていたら、旅仲間が私を助けようとしてくれたのか(ありがたい...(涙))、私が買おうとしていたものを自分も買うと言って、彼女がその中のひとりにお金を渡し、私の分も含めて買ってくれた。旅仲間よ、ありがとう!けれど...そのお金は私が買ってあげようと思っていた少年とは別の男の子の元へ行ってしまった...。助けたいと思った男の子の元へお金が行かず、別のちょっと”ずる賢そうな”男の子の元に行ってしまったことにちょっと悲しい気持ちになった。

けれども、仕方がないのであきらめてバスの後方の自分の席に座っていたら、窓の外で例の男の子が私を見つけ、こちらに何か言っているのに気がつく。買い物はどうでも良かった。その瞳を見ていると何とかしてあげたくなった。どうして彼が物売りの仕事をしているのかとか、彼の生活や周りの大人との関係などをいろいろ想像してしまい、少しだけでもお金を彼へ渡したいと思った。そこで、窓を開けようとしたのだけれど、そのバスの窓は開閉ができないものだった。それをジェスチャーで彼に伝えると、彼は前の入り口に来い!とあごで(!)ジェスチャーをして来た。おー、10歳くらいの少年にあごで命令されたぞ〜、とちょっと驚いたけれど、まぁいいやと思いながら前方のバスの入り口へ向かった、が、やはり子どもたちが群がっていてその子だけに渡すことは難しかった。私はとにかく彼に”Sorry..."と何度も呟くしかなかった。彼の残念な気持ちが溢れる表情に、さらに残念な気持ちになった。

このアビドスの神殿がこの旅で一番好きな場所ではあったけれど、そんな少し酸っぱい思い出も残ってしまった。この場所が好きだなぁと感じながらも、そんな出来事があり、何かカルマが関係しているのかもしれない。やはり彼とも過去に何かご縁があったのかもしれないな。いつかまたこの地を訪れることができたなら、彼とまた会うことができるといいなと思った。

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