久高島へ渡る船の最終便へかなりの余裕をもって、
港へ着き、
予定通り、着替えをしたり、
荷物の整理をしたりして、
島へ渡る準備をして過ごしていたら...
待合所で、知っている顔をキャッチ☆
なんと、沖縄のショーで
私のテーブルへ立ち寄ってくれ、
いろいろとお話をした女性だった!
その方のお名前も、”古賀さん”だったので、
特に印象に残っており、
短期間での再会にお互いとてもビックリした。
お話を伺うと、
この満月&夏至のタイミングで、
久高島でのリトリートツアーに参加されるとのこと、
素晴らしいタイミングで久高島へ来れたことに
お互い祝福しあった。
「小さい島なので、きっとまた会えますね」
そう言って別れた私たちは、
久高島に着いて、2,3時間後に
島の唯一のレストランで、
”予言通り”再会をしたのでした。
島に到着すると、
すぐに自転車をレンタルして、
それから、滞在予定だったおばあのお宅へと向かった。
レンタサイクルしたお店のおばさんに教えてもらったとおりに
行ったつもりだったのだけど、
最初、違うお宅を訪ねてしまい、
そこで、おばあの家がどこかをもう一度伺って、
それから、おばあのお家に到着した。
「すみませーん」と玄関を開けると、
「あー、古賀さんね?」と小柄の可愛らしいおばあが
優しい笑顔で迎えてくれた。
「さあ、上がりなさい。暑かったねー。」
「さあ、上がりなさい。」
「そこでやすみなさい。暑かったねー。」
「やすみなさい!」
と、矢継早に、言葉を発するおばあは、
ご挨拶をする隙も与えてくれず、
ご挨拶をする隙も与えてくれず、
とにかく座らないと、おばあのその言葉が止まらない雰囲気だったので、
言われる通りに、おばあが指差してくれたソファに座った。
「暑かったねー。スイカ食べなさい。」
「おばあが作ったスイカ、冷やしておいたよー。」
と、今度は、スイカを食べろと強く勧めてくれる。
遠慮なく、いただくことにした。
おばあが愛情いっぱい込めて育てたスイカは、
冷たくって、甘くって、おいしかった。
「沖縄のスイカはね、強い太陽の力のおかげで、 端っこまで赤くなるんだよー。」 とおばあ。 |
おばあのことを紹介してくれた友人からは、
おじいとおばあのお話を聞いていたのだけれど、
迎えてくれたのは、おばあだけで...
あれ?おじいはお出かけなのかな?と考えたのだけれど、
しばらく話をしていても、
話題に出てこないので、
勇気を出して、尋ねてみることにした。
「おばあ、一人??」
「そうだよー、一人だよー。」
「おじいはね、亡くなってしまったんだよー」と
明るい声で答えてくれ、
昨年9月に旅立たれたというおじいの病気の話、
最後は家で過ごしたいと言うので、
家に連れて帰ってきたおじいの手を毎日ずーっと握っていたという話、
おじいのお葬式の日のお孫さんの可愛いエピソード、などを話してくれた。
そして、おばあは、
「おじいに、会いたいねー。」
「おじいと話しがしたいねー。」
と、おばあの心に常に潜んでいるだろう気持ちを、
ふと話してくれた。
明るく話してくれたけれど、
毎日、そんな気持ちと付き合いながら過ごしているのかなーと
想像した。
「おじいは絶対に周りにいてくれているよー」
本心でそう思っている私は、そうおばあに話してみると、
おばあは、
「死後の世界のことを書いた本があったら読んでみたいねー」と
と言った。
それからどういうわけか、
高倉健さんの話になり、
健さんがお母さんの遺骨を食べて、
「これで、お母さんはいつも自分のそばにいる」と言ったとかいうお話を
私が話すと、
それを聞いたおばあは、
「そうねー、涙が出るねー」と言った。
息子が母を思う気持ちに感動したらしかった。
そして、
おばあは、「健さんはまだ生きてるね?」と聞くので、
「少し前に亡くなったよ」と話すと、
「そうね、亡くなったかね...」と感慨深そうに言った。
おばあは、その晩、
「健さんはまだ生きてるね?」と
私に、3回ほど聞いてきた。
また続きを楽しみにしています!
返信削除また続きを楽しみにしています!
返信削除yachiyoさん♡
削除はーい!ありがとうございます♪。素敵なおばあのお話、また書きますねー。